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ケイがホワイトソックスと契約 徳山が引退

アンソニー・ケイが、MLBのホワイトソックスと2年総額1200万ドル(約18億6000万円)で契約合意したと、MLB公式サイトなどが報じた。12月2日にNPBから自由契約の公示があり、すぐさま契約が決まった形。慰留していたベイスターズだが、ケイは退団ということになった。

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NPBをステップに評価を高める

ケイはもともと、MLBではなかなか先発のチャンスを得られず、先発として評価したベイスターズでキャリアを積むことを選択した。当初からNPBで先発投手として評価を上げ、MLBに復帰することを目標としていたはず。ベイスターズの2年で成長し、素晴らしいオファーを得た。

来日1年目の2024年はオープン戦で成績を残せず、開幕一軍はならず。二軍で先発として登板を続け、開幕2巡目のローテーションとなる4月6日に来日初登板初先発。初回に連続四球から失点し、4回3失点で降板。味方が逆転勝ちしたため勝ち負け付かず。

2度目の登板は黒星だったが、3試合目は神宮のヤクルト戦で5回3失点ながら打線の援護があり来日初勝利。その後は打線との巡り合わせも悪く負けが続き、5月14日に1勝4敗となるが、ここから4連勝。7月28日まで負けずにローテーションへ定着した。

しかし、夏場以降はコントロールの悪さを露呈。初めて経験する日本の蒸し暑い気候にも苦しみ、思い通りにならない投球に対して怒りを爆発させるシーンが目立った。結局、24試合に登板し136.2回と僅かに規定投球回数には届かず、防御率3.42で6勝9敗。

それでもCSではファイナルステージの読売戦で好投を見せ、さらに日本シリーズではソフトバンクをほぼ完璧に抑える快投を見せた。チームは日本一に輝き、翌年の飛躍を期待させて契約延長。

2025年は開幕ローテーションに入ると、4月は4試合で2勝1敗、防御率1.00という素晴らしいスタートを切った。6月に防御率3.24で1勝3敗と躓くも、それ以降は安定した投球を続けた。防御率は1点台を維持し、最終的に1960年に秋山登氏がマークした1.75のシーズン通算防御率の球団記録を破る1.74をマークし、球団史に名を刻んだ。

もともと150台後半のフォーシームは威力があったが、コントロールが悪かった。変化球もNPBでカットボールを右打者のインサイドにしっかりとコントロールできるようになり、スライダー、チェンジアップも含めたコンビネーションで抑えられるようになった。多少のイラつきはあっても大きく乱れず、精神面でも大きく成長した。

ベイスターズとしてはこれだけの投手が退団となることは、戦力ダウンは非常に大きなものがある。しかし、2年総額1200万ドルという大きな契約を得られるまでに評価を高めたことは喜ばしいことであり、ベイスターズとしても誇るべきことだと思う。

一時的な戦力ダウンは免れないが、今永の活躍と合わせ、NPBの横浜DeNAベイスターズは投手を育成できるチームとしてMLBからも認識されるだろう。それにより、MLBになかなか定着できない選手がベイスターズに移籍してみようという動機は高まるはず。

海外スカウトも明確な実績があれば誘いやすいし、選手も決断しやすくなる。そうしたことで、ベイスターズがまたNPBで活躍できる優秀な外国人投手を獲得できるチャンスが広がる。MLBの選手育成リーグではないかという声もあるだろうが、現実としてレベルも規模も組織としての成熟度も雲泥の差があるのだから、そうなるしかない。

ホワイトソックスは、2024年に41勝121敗で20世紀以降ではワースト3位の勝率。2025年も60勝102敗と低迷が続いている。ケイとしては、ポストシーズンへ進出することよりもMLBで先発投手としてのキャリアを築くことを優先したのだろう。チームが立て直しの中で、先発するチャンスが多く得られるかも知れない。ぜひ成功し、シーズン終盤には優勝争いのチームからトレードの声がかかるような位置にいて欲しいと思う。

今永は同じシカゴではあるが、彼の代役的な形で入団したケイとは重なっていない。それでもベイスターズファンにとっては、シカゴに長く滞在すると今永もケイも見られるかも知れないという状況になった。

ケイの退団が決まり、左腕の先発投手は必要。ある程度絞り込みはしているだろうが、どのような外国人左腕を獲得して来るのか注目して行きたい。ジャクソンもMLBへの復帰を希望し、オファーを待っている状況。ケイに続いて契約を勝ち取ることができるか。

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徳山は引退、球団職員に

戦力外通告を受け、合同トライアウトにも参加していた徳山が、インスタグラムで現役引退を発表した。希望するオファーがなく、このタイミングで決断に至ったと思われる。

2021年ドラフト2位で入団。大阪桐蔭では甲子園で優勝を成し遂げた。早稲田大に進み、六大学野球でもタイトルを獲得する活躍。プロ注目の中、ドラフトでは2位指名となった。即戦力というより素材型という分析もあった中で、ルーキーイヤーは一軍昇格のチャンスを得られず、二軍で研鑽を積んだ。

2年目の2023年も春季キャンプから二軍スタート。なかなか結果が出ない時期が続いたが、フォーム改造で活路を見出し、シーズン終盤は二軍で結果を残した。一軍に昇格したものの登板なくシーズンを終えた。オフにはオーストラリアのキャンベラに派遣され、心身ともに鍛錬を積んだ。

勝負の3年目はリリーフとして開幕一軍を掴んだ。開幕2戦目で待望のプロ初登板を果たし、その後はブルペン陣がケガや不調で離脱する中、結果を残し続けた。勝ちパターンでも使われるようになり、7月9日には延長11回表を無失点で抑えると、味方がサヨナラ勝ち。プロ初勝利も挙げた。

しかし、直後の16日に疲労の考慮と再調整を兼ねてオールスターブレイクよりも早めに登録抹消。リフレッシュして戻ると思われたが、腰椎椎間板ヘルニアでリハビリが続いた。結局、9月5日に手術を受けて3年目は終わった。

2025年はリハビリ組で春季キャンプをスタート。状態が上がらず、二軍でも四球が多かった。結局、一軍に呼ばれることがないままシーズンが終了し、戦力外通告を受けた。トライアウトではツーシームに活路を見出している様子だったが、NPBからのオファーはなかったものと思われ、腰の状態がリスクと判断され見送られた。

現役に全く未練がないわけではないはずだが、ここで区切りとして判断した。ベイスターズとしても、球団職員のオファーを出しており、徳山は違う形で球団に貢献することになる。

正直、2024年前半にようやくドラフト2位としての真価を見せ始めたところで、翌オフに引退しているとは夢にも思わなかった。ヘルニアから復帰した選手もいるが、スポーツ選手にとって言うまでもなく腰は重要。ケガの怖さ、プロ野球という厳しい世界をまたも痛感することになった。

同期の梶原、大学時代に親交のあった竹田、年齢は違うものの同期入団の小園、深沢、高校の後輩である松尾と、ゆかりのある選手が在籍しているチームで、選手としてではないがリーグ優勝という悲願をともに成し遂げて欲しい。不本意ながら4年と短かった現役生活だが、お疲れ様でした。

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