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1997年9月の横浜ベイスターズ 振り返り

7月に最大借金9を完済すると、8月は20勝6敗という驚異的な成績で、首位ヤクルトに3.5ゲーム差と詰め寄ったベイスターズ。優勝争いに加わっての戦い。選手もファンも初めての体験に興奮と緊張の日々が続く。盛り上がる横浜の熱気は日に日にヒートアップし、勝負の9月を迎える。

4月のレビュー

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優勝チームの強さを思い知る

大舞台で大記録

いよいよ勝負の9月。いきなり直接対決で幕開けとなった。ハマスタには首位攻防戦を見ようと、火曜日にも関わらず満員の観客が詰めかけた。

ヤクルトキラーになっている戸叶と石井一の先発で始まった試合。1回裏、先頭の石井琢が歩いたが、古田が盗塁を刺して3人で終える。4回までに4四球でランナーを出したが、駒田の併殺打などもあり、無得点。戸叶も期待通りの投球でゼロを並べて行き、首位攻防戦第1ラウンドは、緊迫した投手戦で前半の5回を終える。

7回、池山のタイムリー二塁打で先制を許すと、続く小早川に2ランを浴びて3失点。強いて言えば、小早川のところで左腕を出しておくというのが、最大限できるところだったか。3点リードをもらった石井一は、尻上がりでさらに調子を上げて行った。

チーム打率.279、リーグの打率トップ10の上位3人を占め、5人の3割打者を要する打線。この時点で、12球団で一番ノーヒットに抑えるのが難しいとさえ思える打線を抑え込み、いよいよ9回を迎える。

代打畠山、石井琢が倒れて2アウト。バッターは波留。追い込まれてからの151キロのストレートに振り遅れて空振り三振。プロ野球65人目のノーヒットノーランが達成された瞬間だった。

この試合、バックネット裏にいたのだが、今でも忘れないくらい、石井一のストレートがうなりを上げているようだったのを覚えている。1996年オフに2度目の左肩の手術を受け、序盤を棒に振った石井一だったが、それが信じられないというくらいの凄いボールを投げていた。9回の121球目が151キロと球威が全く落ちなかったし、スピードガン以上に速く感じた。ボールの回転が非常に良かったのだろう。

ストレートの走りが抜群に良いから、変化球も見極められない。しかもキレの良い鋭い変化球が来ては、まともにバットに当たらない。横浜打線だからこそ9三振で済んだというくらいの投球だった。

優勝の行方を左右する大一番というこの試合で、まさかノーヒットノーランで敗れるとは。ファンのショックも大きかった。球団としては29年ぶりとなるノーヒットノーランでの敗戦だった。

「ヒット10本打って抑えられるのも、ノーヒットノーランも同じだよ」と笑った石井琢、「明日の田畑さんの球が遅く感じるんじゃないですか」とジョークを飛ばした鈴木尚だったが、この試合が優勝争いを決する象徴的な試合となる。

1997/09/02 18:00 横浜 30,000人 横浜13勝10敗
ヤクルト 000 000 300 | 3
横  浜 000 000 000 | 0
(勝) 石井一14試合7勝4敗
(敗) 戸叶32試合9勝4敗
(本) 小早川11号2ラン(戸叶)

マジック21が点灯

もう負けられないベイスターズは、翌日の試合で2回に先制点を挙げる。これで乗って行きたいところだったが、ヤクルトもこの2連戦で一気に流れを掴もうと、先発の田畑を3回途中で諦め、前日に休養できたリリーフ陣をフル活用しての継投に入る。

絶好調の三浦が先発し、5回までは無失点に抑えていたが、6回に同点に追いつかれ、三浦はこの回途中で関口に交代となった。1-1で6回を終え、リリーフ勝負となる。ベイスターズも夏場以降、リリーフの活躍で厳しい試合を勝って来た。

7回から登板した島田が回跨ぎで8回もマウンドに上がった。内野安打2本でピンチを迎え、土橋のライト前タイムリーで均衡が破れた。ベイスターズは、山本、野中、高津というリレーに決定打を欠いた。

9回、西が飯田に三塁打を許し、決定的な3点目を奪われると、雨が強まって24分の中断となった。それでも流れは変わることなく、ヤクルトのクローザー、伊藤智が試合を締めた。この勝利でヤクルトにマジック21が点灯した。

一気に肉薄を狙った2連戦で連敗し、ゲーム差は5.5となり、マジックが点灯。過去5年で3度優勝しているチームの強さを思い知った。「これでまた遠くなっちゃったね。でも、うちにもまだ権利はある。チームのムードをもう一度立て直していくしかない」と語った大矢監督だが、ノーヒットノーランという負け方に加えてのマジック点灯は、容易に覆せるものではなかった。

選手のみなさんごめんなさい

5日はハマスタでの阪神戦。試合前、ライトスタンドでは「選手のみなさんごめんなさい」というメッセージボードが掲げられた。3日のヤクルト戦で、9回に試合が中断となった際、ライトスタンドなどからメガホンが投げ込まれた。雨が小降りになり、諦めていない選手がメガホンを拾い集め、試合再開を急いだということに対する謝罪だった。

今ではほとんどなくなったが、昔は試合に負けたらスタンドからメガホンが投げ込まれるのが普通だった。俺はまだ学生だったし、メガホンを毎回買うようなお金もないので、何年も同じメガホンを持ってハマスタへ通っていた。

この試合では、中断になったのをコールドゲームで終了したと勘違いした人もいたようだが、この頃の野球場のスタンドは、あまり子供たちに見せたくないようなマナーの悪さも目についた。そういう部分の改善が、現在の満員のスタンドに繋がる一因になっていると思う。まだまだ飲酒した人の小競り合いなどは発生しているが、だいぶ向上したとは思う。

そうした中で始まった試合は、ベイスターズが3回に3点を先制。マホームズが5回まで無失点に抑え、ベイスターズペースで進んでいたが、追加点を取れないまま6回に1点差と迫られた。7回から島田が登板するが、またしても継投が決まらずに同点。9回には五十嵐が決勝点を奪われて逆転負け。11残塁の拙攻が響いて3連敗となった。

ハマスタ、ひたちなか、いわきという変則な3連戦。チーム状態が落ちてきたところで移動が伴うタフな日程だった。さらに、ひたちなかの試合では、舩木、野村が譲らずに投げ合い、9回まで0-0。両軍リリーフ勝負になるも、当時は延長15回制で、14回の攻防に入った。4時間46分の長いゲームは、延長14回に進藤がサヨナラ打。やっとの思いで連敗を止める。

そこからいわきへ移動し、翌日のゲーム。1-2と再び重い雰囲気で8回を迎えたが、ここで一気に4点を奪って逆転。前日、同点の場面で2イニングを投げ、連続試合セーブが止まった佐々木が最後を締め、史上3人目の200セーブポイントを達成した。

5日に6ゲームまで開いた差が、この連勝で4.5まで戻った。「これで息を吹き返したね」という大矢監督にも、何とか諦めずに付いていくという強い気持ちが蘇ってきた。

諦めずに追いかけても届かず

復調の読売に3タテを許す

1997/09/09 18:01 東京ドーム 55,000人 横浜12勝11敗
横  浜 011 100 000 | 3
読  売 000 030 10X | 4
(勝) ガルベス23試合10勝11敗
(敗) 福盛23試合4勝3敗
(本) 鈴木尚19号ソロ(ガルベス)、駒田8号ソロ(ガルベス)、松井35号3ラン(三浦)

週明け、東京ドームでの3連戦に臨んだベイスターズは、鈴木尚、そしてプロ野球7万号となる駒田のソロなどで3点をリードした。4回まで無失点に抑えていた三浦が5回、2アウト2、3塁のピンチを迎える。打者は3番松井。ここで権藤コーチがマウンドに行き、判断したのは「勝負」。しかし、結果は同点3ランとなった。

9月に入って、得点力が大きく落ちていた。この試合は4回までに3点を取ったとは言え、ガルベスを攻略しきれてはいなかった。3試合連続本塁打の松井と「ホームランを打たれても同点だから」勝負を決断したが、同点となった後の苦しさまでは予測できていなかった。5回以降は1安打という打線が追加点を得られず、福盛が川相にタイムリー三塁打を打たれて決勝点を奪われた。

この負けが尾を引いていくことになる。翌日も4回に2点を先制しながら、戸叶がすぐさま逆転を許し、リリーフも打ち込まれて連敗。そして、11日も初回から先制点は取るものの逆転され、同点とした3回にまたも松井に36号3ランを打たれ、勝負が決まった。

初の6連勝と今さらながらチーム状態が上がってきた読売に対して、勝負どころで硬さ、疲れが出た横浜が3タテを食らってしまった。いずれも逆転負けで、9月に入ってから流れを掴み切れない、もどかしい日々が続く。

8連勝のヤクルトと勝負所で大差

広島へ移動したベイスターズは、13日は野村、14日は川村が、2試合連続完封勝利。1987年の新浦、欠端以来という快挙で連勝すると、3戦目は2点を追う2回に駒田のソロから一気に7得点で逆転。鈴木尚の3ランなどで大勝し、広島を3タテ。読売に負けた分を取り戻し、一縷の望みを繋いだ。

しかし、17日には再び読売に敗れ、この日サヨナラ勝ちで7連勝としたヤクルトのマジックは9に減った。

最後の望みをかけた、19日からの神宮でのヤクルト3連戦。初戦の先発は、ノーヒットノーランの試合と同じ、石井一と戸叶。この試合は、逆に戸叶が5回をノーヒットピッチング。0-0で迎えた6回、ヤクルトの初ヒットが、何と石井一のホームラン。これで動揺した戸叶は、この回一気に4失点となり降板。リリーフも打ち込まれて9失点。石井一には8回まで2安打に封じられ、大敗となった。ヤクルトは8連勝。

2戦目は、7回に駒田が逆転2ランを放ち、佐々木が2イニングを投げて逃げ切った。一矢を報いてヤクルトの連勝を止めた。しかし、3戦目は2点を先行はしたが、4安打に終わり、追加点を取れず。三浦が6回に同点とされると、9回島田が古田にサヨナラホームランを打たれ、このカードは1勝2敗。これでヤクルトのマジックは5となった。

9月の直接対決はヤクルトの4勝1敗。そして、マジックが点灯したところで、一気に8連勝で減らす勝負強さも備えていた。野村監督の下、常勝軍団を築いているチームとの大きな差が見えた。

ライバルの優勝に初めて本当の悔しさ

意地の大勝

28日、ヤクルトはマジック1としていた。デーゲームで横浜が広島戦、ナイターでヤクルトが阪神戦となっていた。自分たちの負けでヤクルトの優勝を決めてなるものかと奮起した。

三浦が初回に1点を奪われるも、すぐさま3本の二塁打で逆転すると、3回にローズが3ラン。8回には4点を追加して試合を決めた。ローズの5打点の活躍で、意地の大勝を果たした。この勝利でチームとしては2年ぶりの勝ち越しが決まった。

そして夜、ヤクルトは阪神を16-1で破り、神宮で野村監督が宙を舞った。毎年、他球団の胴上げを見続けてきたベイファンだが、優勝を争ったライバルとして、本当の意味で悔しい思いをした。今までになく手が届きそうだった優勝を逃した、今までにない悔しさだった。

2位確定へ

「ズルズルと負けて終わるのでは、毎年と同じになってしまう」と波留がコメントしたように、悔しさを翌年に繋げるため、2位で終わらなければならない。タイトルや10勝が懸かった選手にとっても、最後まで戦いは続く。

30日は、9月になって苦しめられた読売との最終戦。1点を追う5回に連打で一挙6点を奪って逆転。川村が8回に松井の37号3ランを浴びるが、佐々木が抑えて逃げ切った。川村は新人王に望みを繋ぐ9勝目。佐々木は当時のプロ野球タイ記録となる37セーブをマークした。

優勝争いは決したが、首位打者を狙う鈴木尚、新人王を狙う川村。そして、戸叶、三浦も2桁勝利を狙いつつ、チームは2位で有終の美を終えるべく、10月に入って行く。

9月末の勝敗表

チーム勝率
1ヤクルト13079492.617
2横浜12669570.5489.0
3広島12664620.5085.0
4読売13160710.4586.5
5阪神13057721.4422.0
6中日13156741.4311.5

勝負の9月に8連勝をマークするなど、14勝5敗というハイペースで優勝のゴールテープへラストスパートを見せたヤクルト。さすがに勝負どころを理解した力のあるチームだった。

横浜はそのペースについて行けなかった。翌年に繋げるためにも18年ぶりの2位を確定するため、10月の試合は続く。読売が借金を減らして4位まで上がっている。

10月のレビュー

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